ゆうわ会 創立50周年特設ページ
〜愛と 幸せと おもいやりと 平等と〜
自立と尊厳。
一人ひとりの人生に生きた証を。
それがゆうわ会の願いです。
物語は、一つの保育園から始まりました。
ゆうわ会は昭和41年2月1日から歩みを始めました。
勇気 夢 挑戦
~ 理事長が語るゆうわ会の50年と未来 ~
社会福祉法人ゆうわ会の創設期の話をお聞かせください。
ゆうわ会の創設者である、故竹内三之助と操治は、私の祖父と父です。
祖父は私が小学校1年に上がる時に亡くなりましたが、もともとは大工の棟梁で
頑固一徹、明治の男で職人気質、仕事には徹底して厳しい人だったと聞いています。
でも、体に流れているものはカトリックの精神。
祖母の祖先は浦上四番崩れで迫害を受け津和野に流されたあと
戻ってきた経験もあり、2人とも深甚なる信者でした。
カトリックの精神で自治会長や民生委員をした中で、
福祉事業にも出会いがあったと聞いています。
父は昭和6年生まれで、14歳の時に浦上地区で原爆に遭いましたが、
奇跡的に助かりました。それから長崎工業高校に進学し、
卒業後は父親の仕事を手伝っていました。
最初の施設である竹内保育園(現さくら保育園)は、
祖父と父の二人で作ったものです。
ゆうわ会の創設者である、故竹内三之助と操治は、私の祖父と父です。祖父は私が小学校1年に上がる時に亡くなりましたが、もともとは大工の棟梁で頑固一徹、明治の男で職人気質、仕事には徹底して厳しい人だったと聞いています。でも、体に流れているものはカトリックの精神。祖母の祖先は浦上四番崩れで迫害を受け津和野に流されたあと戻ってきた経験もあり、2人とも深甚なる信者でした。カトリックの精神で自治会長や民生委員をした中で、福祉事業にも出会いがあったと聞いています。父は昭和6年生まれで、14歳の時に浦上地区で原爆に遭いましたが、奇跡的に助かりました。それから長崎工業高校に進学し、卒業後は父親の仕事を手伝っていました。最初の施設である竹内保育園(現さくら保育園)は、祖父と父の二人で作ったものです。
理事長 竹内 一
谷間に光を 共に生きる